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第二幕⑤続き。クラーメルの口調がまだブレッブレだ。一人称は「ぼく」で、ロージャに対しては高圧的、エッツェルに対してはややぞんざいな敬語を使うという設定なんだけど、どことなくしっくりこない。どうしてかなと考えてみたら、過去に一人称「ぼく」のキャラクターをほとんど書いたことがなかった……。
少年時代のマーチャーシュ王ばかり書いているけど、「ぼく」というイメージではないのよね。そして間違っても「俺」ではない(それでも絵にかいたような成り上がり者父子としてのオラオラ系なフニャディ父子はちょっと書いてみたい気がする……)。
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中盤までのロージャがエッツェルに振り回される役回りで、ついでにエッツェルが陽キャなもんだから、ロージャがコミカルで脇役チックな動きになってしまうというのもありそうだ。この印象を変えていくためにロージャがエッツェルを突き放し気味にして、「陽」のエッツェルと対照的な「陰」の部分を強調してはどうかなと考えている。
>162
第一幕を読み返しつつ第二幕の冒頭に取りかかっているけど、ロージャのキャラクターがいまいち弱いと感じる。主役の片割れという印象が伝わってこない。彼が今の生き方に固着する理由をもう少し早く(第一幕のうちに)提示したほうがいいか……。
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では、彼の敵はどうして待ち伏せができたのか? その理由付けがちょっと弱いと感じて、第二幕にはまだ手を付けていない。いや、プロットを作ってからしばらく経っているのでこんがらかっているだけか……?
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>132
ただ、学問を教えたという事実はなかったとしても、ヴィテーズ・ヤーノシュは父ヤーノシュのブレーンでもあったわけだから、マーチャーシュがまだ父のもとにいたころに接点はあったかもしれないし、なんらかの知的な影響を与えていたかもしれない……という想像くらいは許される気がする。
のちのエステルゴム大司教、ヴィテーズ・ヤーノシュが幼いマーチャーシュの個人教師だったという説は、現在ではあまり支持されていないみたいだ。のちにトルコへの姿勢を巡って対立した両者だから、師弟関係にあったとすればドラマチックではあるけれど……。
ただ、学問を教えたという事実はなかったとしても、ヴィテーズ・ヤーノシュは父ヤーノシュのブレーンでもあったわけだから、マーチャーシュがまだ父のもとにいたころに接点はあったかもしれないし、なんらかの知的な影響を与えていたかもしれない……という想像くらいは許される気がする。
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第一幕③続き。ウサギが横切ったせいで見つかりそうになるロージャだが、かろうじて難を逃れるという展開。
この展開は、1857年にロージャが逮捕された際の実在のエピソードをもとにした。現実のロージャは追い詰められて疑心暗鬼に陥り、古い馴染みのカトナ・パールが自分の隠れ家を漏らしたと思い込んで彼を殺してしまう(実際はウサギを追ってきた猟師が偶然ロージャの隠れ家に近づいた)。
今書いているフィクションは1853年が舞台で、このとき隠れているのもカトナ・パールのタニャとは無関係の場所なんだけど、ロージャには現実とは異なる結末を与えたいので、現実の歴史との分岐点という意味であえてこのエピソードを借用した。カトナ自体は今書いている話にも登場する。
どうにか第二幕ラストまで来た。想定していた会話の一部(エッツェルがクラーメルの素性について語る部分)はもう少しあとのシーンに移す。